2021年上半期における量子コンピューターの動向

最近マーベル映画シリーズ沼にハマってしまった、投資戦略システム事業部の亀井です!

普段は投資を主に取り扱う業務のサーバーサイドエンジニアとしてお仕事をさせていただいております。

現状、通常業務で量子コンピューターを扱うことはないのですが、
個人的な好奇心で片足を突っ込んだので、せっかくならと記事にしてみました。

こんな人にオススメ

▶ これから社会に進出される学生様:業界分析や面接のネタに
▶ 投資家の方:来る量子技術イノベーションに向けた業界研究の入り口になるかも
▶ ニッチなもの好きなエンジニアの方:市場的人材価値向上に繋がるかも


この記事ゴール

▶ 量子コンピューターってわからないもんなんだな、と理解する(無知の知)


この時点で、

▶「量子」も「コンピューター」もわかんないのに、「量子コンピューター」なんて到底わかりっこない!
▶ それ学んでなんの役に立つの?
▶ お金にならないものなら見たくもないんだけど?


そんな抱きしめてあげたくなるような拒絶反応を示した方が、
「ねぇねぇ、量子コンピューターって知ってる?」とおちゃめに知識をお披露目する姿を想像ながら書きました。

よければ見ていってください。

注意
この記事は2021年8月時点のものとなります。
量子コンピューターを取り巻く状況は激しく移り変わっているため、
この記事の一部の内容が陳腐化する可能性がありますことをご了承ください。





1. 総論

先に調査を踏まえた私の見解を書いておきます。

  1. 資本が加速度的に投じられており、技術的にもビジネス的にも大変興味深い業界

  2. 量子コンピューターの万能感を煽るような一部の誇大表現に踊らされてはいけない

  3. 一朝一夕でのキャッチアップは困難で、ましてや事業化は容易にできるものじゃない

2. 動機

なぜ量子コンピューターに興味を持ったのか触れておきたいと思います。

この題材に触れようと思った動機は3つあります。

2.1. 人材としての陳腐化

ちょっと前までイケてるとされていた技術がいつの間にがレガシー扱いされるような移り変わりの早い昨今ですが、人もまた例外ではありません。

変わっていくものと変わらないものの本質を自身の目で判断し、自身の足元の確認は常に怠ってはいけないと思うわけです。

今回は量子コンピューターについて取り上げましたが、色んな技術にアンテナを張って定期的に知識のアップデートは意識してあげるのが理想ですよね。

要は茹でガエルになるのはこわいよねって話です。

2.2 基本概念の登場から40年

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略歴

我々が普段お世話になっている古典コンピューター(量子コンピューターと対比して一般的にそう呼ばれる)は、最も単純なコンピューターの概念として評されるアラン・チューリングのチューリングマシンの論文発表からおよそ80年が経過しています。

その後1940年代に初のコンピューターと評されるENIACが登場し、それからおよそ40年が経過した1980年代から徐々に普及が進んでいった歴史的背景があります。(諸説あります)

一方、量子コンピューターはというと概念の登場は1980年代に遡ります。

概念の登場から2021年時点でおよそ40年が経過しようとしており、古典コンピューターの歴史をなぞるならば量子コンピューターはおもしろい時期に突入し始めているのではないかと思いました。

2.3 技術の見極め

期待に胸が膨らむ量子コンピューターですが、個人的にはAIブームと似たにおいがします。

歴史的なイノベーションの可能性を秘めたものであることは重々承知なのですが、大衆に降りてくる表現は少々妄想が過ぎる気がするのです。

革新的な技術には過度な期待が付き物ですが、過度な期待が妄想を生み、何も知らない大衆はこの妄想に踊らされるわけです。

今や「AI」という言葉はマーケティングの道具と化し、拡大解釈されて安っぽく多用された状況がいい例だともいます。(ある意味大衆化とも言えるので悪いと断定できるものではない)

前職にて機械学習関連のプロジェクトにアサインされていた際に、 にわか知識の上司からとりあえず何かAIでなんかやってみろと言われ、困り果てた担当者の問い合わせに忙殺された記憶がよみがえります。

手段であるはずのものが目的となってしまったというおちゃめな話ですが、ビジネスの世界ではわりと起こりうるものです。

そうならないためにも手段としての本質を理解することが重要だと思っています。

耳触りのいい甘言にまどわされないよう、今回は量子コンピューターの一端に触れてみたいと思います。

3. 量子コンピューターとは

3.1 背景

なんで量子コンピューターが注目されてるの?というお話ですが、その理由は半導体微細化の限界と計算量の増大にあります。

半導体の微細化によって処理性能はどんどん向上してきたのですがこれが限界を迎えつつあると言われています。(ムーアの法則の限界)

半導体微細化の技術はナノメートル単位の世界に入っていますが、一方で微細化による性能向上は鈍化してきているのです。

また、このスケールの世界に突入すると、後述する量子力学的な現象に阻まれて制御が難しくなると言われています。

一方で社会の複雑化に応じて計算ニーズが拡大し、古典コンピューターでは扱いきれない計算問題が出てきたことが、新たな一手を模索する要因の一つとなっています。

こういった問題の解決手段の一つとして「量子コンピューター」が期待されている背景があるようです。

3.2 量子コンピューター

3.2.1 量子力学
ここまで何も触れずに「量子」という言葉を連呼してきましたが、量子についても触れておきたいと思います。

量子とは、物質を形作る小さい素材を表す総称です。具体的には電子、光子などがそれにあたります。

この量子を表す印象的な実験に二重スリット実験があります。(古い動画ですが、わかりやすいので引用させていただきました。)

この実験結果、直感に反していて納得できないですよね?

私はこの実験を見たときに非常にモヤモヤしました。

見られる(観測する)ことでふるまいを変えるなんて、まるでこの世界がゲームのような仮想現実だという都市伝説まがいの論説まであります。(シミュレーション仮説)

すでに躓いて先に進めなくなりそうですが、こういった学問は直感に反していてもグッとこらえて実験結果と理論を受け入れることが必要です。

ここで重要なのは、量子は「粒子」と「波動」の性質を併せ持つ(二重性)ということと、小さい世界ではよくわかんないことが起きるということです。

言わば、ものを見るスケールが変わればルールが変わってしまうということです。

そして我々の直観的なルールが及ばない、小さい世界のルールのことを量子力学と呼びます。

我々が高校までに学んできた物理学は、直観的に理解できる大きな世界のルールというわけです。(古典物理学)

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物理学とスケールのイメージ

量子力学誕生までの古典物理の時代には世の中って大体こうだよね、と培ってきた物理学の組み合わせで説明できると思われていたのですが、実験の精度があがってよくよく調べると古典物理じゃ説明がつかない現象がポコポコと現れたのです。

ゲームをクリアした気でいたら、超難関な裏面がゴリゴリに広がってたイメージでしょうか。

ここでノーベル物理学賞を受賞したマレー・ゲルマン氏の量子力学に対する言葉を引用しておきます。

真に理解している者はひとりもいないにもかかわらず、使い方だけはわかっているという、謎めいて混乱した学問領域である



3.2.2 量子コンピューター
では量子コンピューターとはなんなの?という話ですが、端的に言うと量子の持つ性質を積極的に用いて計算を行うマシンのことを指します。

どうやって計算してるの?ということを理解するために古典コンピューターと対比していきましょう。

古典コンピューターはトランジスタと呼ばれるON/OFFの状態を取るものから構成されています。いわゆるビット(0, 1)というやつですね。

0, 1の切り替えによって色んな計算をしているわけですが、量子コンピューターの場合「量子ビット」を用いて計算しています。

じゃあ量子ビットとはなんぞやという話ですが、従来のように0か1を取りうるものであるのに対して、量子ビットは0と1を同時にとりうる(量子の重ね合わせ)ものを指します。

0、1のいずれかという状態だけではなく、0が50%・1が50%のように、0であり1である状態を表すことができるのです。

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そしてこの量子ビットを制御して演算を行うマシンが量子コンピューターだというわけです。

位置づけとしては、GPUのような処理性能を向上させるアクセラレーターの一種だと理解するとよいと思います。

GPUとCPUのそれぞれに得意な領域があるように、量子コンピューターにも得意ことがあるはずだよねというイメージです。

古典コンピューターに成り代わって世界がひっくり返る、というより併用して強みを生かしていくという所が現状の落としどころのようです。

4. 2021年上半期における動向と学ぶ価値

長々と話してきましたが、この記事の本題である2021年上半期時点での量子コンピューターの動向についてお話していこうと思います。

動向を踏まえたうえで、現時点で量子コンピューターについて、取り組むメリット・デメリットを考えてみたいと思います。

学ぶことに関してメリット・デメリットを考えるなんてナンセンスだというご意見もあると思いますが、こんな考察もあるんだな程度で流し読みしてください。
※基本的には自身の置かれたポジションやアセットなどによって見解は様々なので、あくまでも個人的な見解として参考になれば幸いです

では参りましょう。

4.1 量子コンピューターの動向

量子コンピューターを取り巻く現状を見ていきましょう。

ボストンコンサルティンググループによる2021年7月21日付のプレスリリースにて興味深いレポートが出てきましたので、こちらを軸に主要なトピックをピックアップしていきたいと思います。

www.bcg.com


4.1.1 そう遠くない未来のお話
元々、普及というの意味での「汎用化」の実現は2050年代と言われていましたが、10年前倒しした2040年代との見方に修正されています。

一方で、量子コンピューティングの恩恵を受けやすい分野においては、3~5年以内には一定の価値を生み始めると予想されています。 具体的には下記のような分野で成果が期待されています。

計算問題 業界 具体例
シミュレーション 医療・科学・材料 創薬、新規素材、材料開発
組み合わせ最適化 金融 ポートフォリオの最適化、リスクヘッジ
機械学習 業界共通 自動運転
暗号化 情報・通信 RSA暗号、ブロックチェーン

少なくとも20代の方がが現場で活躍されているうちには、量子コンピューターが何らかの形でビジネスの場に影響を及ぼす可能性は高いのではないでしょうか。

技術の社会的な浸透度を表すのによく用いられるハイプ・サイクル2020年9月版では幻滅期に入っておりますが、2021年版ではどのように評価されているのか楽しみなところです。 www.gartner.co.jp

4.1.2 量子コンピューティング市場への加速度的な資本の投下
レポートによると、直近10年間で量子コンピューティング分野に加速度的に株式投資が進んでいることがわかります。

特に2019年から2020年度にかけてはおよそ3倍ほど増加しており、2021年度に関しても前年度を上回る見通しとなっています。

世界の流れを牽引するGoogleやAmazon、Microsoftといった巨大IT企業も当然参入を表明しており、メインフレームで一時代を築いたIBMも特定の分野で業界をリードするポジションに付けています。

一方、我が国 日本はというと、「量子技術イノベーション戦略」と題した国家単位での戦略を2020年1月打ち出し、この戦略に基づき国内11社が発起人となった「量子技術による新産業創出協議会」が設立されることとなりました。

ascii.jp

米国・中国・欧州各国も巨額の予算を投じており、国家レベルでも激しい競争の様子が伺えます。

4.1.3 ユーザとしての利用ハードルの低下
量子コンピューターと聞くと、さぞかし高尚な研究者の方々が立派な施設で使うものなんでしょう?

と思ってしまうところですが、我々のような一般の開発者にも手の届くようなクラウド型のサービスが展開され始めています。

その一つとして、皆さん大好きAWSに「Amazon Braket」というフルマネージド型のサービスが展開されています。

Amazon Braketの強みは何といってもAWSの各種サービスとの連携でしょう。

DeepLearningでの開発工程同様、開発(モデリング・アルゴリズム構築)→実験→検証→修正(チューニング)、のステップをループすることになるため、状況に応じた柔軟な統合開発環境のニーズは高いと言えます。

その点、Amazon BraketではAWSの各種サービスと連携した統合開発環境が提供されているため、AWSになじみのある方であれば比較的容易に利用できるかと思います。

もう一つ紹介したいのが、IBMの提供する「IBM Quantum」です。

IBMは2016年5月には、IBM Qの前身となる「Quantum Experience」という名称でいち早くクラウド型のサービスの提供を開始しています。

今や28万人を超える登録ユーザのコミュニティも存在するとのことで、こちらも量子コンピューターに触れてみるという入り口として有力な候補となるでしょう。

in.newsroom.ibm.com

DeepLarningを例に挙げると、ライブラリの開発が進み、理論のことはなんかよくわかんないけどそれっぽいことができる程に一般の所まで降りてきています。

それと同様に、量子コンピューターについても習うより慣れろで進められるありがたい状況であることは間違いなさそうです。

4.2 メリット

4.1で述べた背景を踏まえて、3点程メリットを列挙してみようと思います。

4.2.1 ビジネス的先行優位性
何事にも「先行優位性」というものがありますが、この分野ではそれが顕著に表れるとの見方が強いです。

技術的な成熟を向かえた頃に参入を試みても、そこには参入障壁としてライバルとの間に大きな技術的格差が生まれる可能性があるが故に、国家・民間を問わず危機感を示しているわけです。

この分野は神秘に包まれたブルーオーシャンともいえるますので、当たれば大きいのは言うまでもないでしょう。

とはいえ、一から量子コンピューターを主軸に事業を立ち上げるというよりも、現実的には今あるアセットとのシナジーを考えていくケースがほとんどだと思います。

量子コンピューターという技術が既存事業にもたらす効果を見定める程度に把握しておくことは必要なのではないかと思います。

ビジネスの種を撒かないより撒いた方がいいのは言うまでもありませんので、メリットとして挙げてみました。

4.2.2 人材の希少性
加速度的に資本が投下されているのはわかりましたが、資本が投下されたからといってそれに足りうる人材がすぐに生まれるわけではありません。

ましてや研究とビジネスの分野をブリッジできる人材など、現時点では世界でもかなり希少な存在でしょう。

特にここ直近2,3年の著しい市場の伸びに人材発掘が追いついていないことが予想されます。

目先の話ではないにしろ、学ぶことで市場的人材価値向上のきっかけにはなる可能性があります。

私の体感ですが、近年のビジネス的なデータサイエンスの重要性の高まりもあってか、ビジネスの場にてアカデミックな素養を期待される場面が増えている傾向にあるように思います。

単に言われたものをプログラミング言語を使ってそこそこ作れるなんて、正直誰でも簡単にできる時代です。

IT人材に求められるスキルセットの期待値は高くなっていることを認知しなければいけません。

量子コンピューターの分野は間違いなくデータサイエンスと密接な関係にあるため、学ぶことに大きな意味はあると思います。

データサイエンティストの需要について、詳細に調査されている興味深い記事がありましたので引用させていただきました。 ↓ note.com


4.2.3 投資家目線での業界研究に
世の中にはワクワクするようなストーリーを持った株式銘柄がたくさんあります。

そんなストーリーに魅せられて大損をこいた人は星の数ほどいるでしょう。

「量子コンピューター」もその一つだと個人的にはとらえています。

2021年3月には、今やAWSのハードウェアプロバイダーとなっているIonQが量子コンピューター企業としては初の上場を果たしました。

www.nasdaq.com

今後も量子コンピューター関連銘柄はどんどん出てくると思います。

何が本物でなにが虚構なのかを見抜くにあたって、やはり業界に対する一定の見識は優位に働きます。

来る量子イノベーションに対する備えとして、学ぶメリットは大いにあると言えると思います。

4.3 デメリット

デメリットを列挙することで、門戸を閉ざすことはあまりしたくないので1点だけ挙げておきたいと思います。

4.3.1 技術の不確定性
良くも悪くも量子コンピューターの世界はまだまだ発展途上段階ということに尽きます。

今日キャッチアップしたものが、明日には陳腐化している可能性だって0じゃない世界です。

継続的にキャッチアップする根気と関心が求められるのは言うまでもないでしょう。

事業化の観点においても、数年スパンでのプロジェクト化とそれを理解するステークホルダーの存在はセットで必須だと思います。

5. さいごに

今回は量子コンピューターに関する内容と動向について書いてみました。

量子力学という分野は知れば知るほど、不可解で難解で愉快な世界です。

この記事で説明したのはほんのうわべの一端にすぎないので、興味がわいた方はぜひもっと突っ込んで学んでみてください。

きっとマーベル映画シリーズ同様、量子沼にハマってしまうことでしょう。

弊社では、2021年8月時点で量子コンピューターについての取り扱いはないものの、分野を問わず新しいことには積極的に挑戦しています。

そんな環境で働く人達と一緒に仕事がしたい!自分もそこで活躍したい!と思った方はぜひ下記リンクからお問い合わせください。 www.tecotec.co.jp